筋トレを通して感じる子供たちの成長
- 2017/02/15
- 15:44
入会当初は、どうしても学校や部活の流れで、怒る人、上からものを言う人と見られてしまいます。
まず最初は会話がほとんど成り立たない。投げてもかえってこない。がんばって「はい!」だけ。
それは生まれながらの性格からなのか、それとも今まで生きてきた中で最善の方法としているのか。
確か、学校では無駄口を話すななんて言われた記憶があるので、そのせいでもあるのかな。
とにかくこっちはトレーニングを教えるより、一生懸命質問などをして会話を促す。
まずその子の性格を把握しなければ、どの様に接するとやる気を上がるかわからない。
2回目3回目と日を追うごとに、少しづつ会話ができるようになる。もちろん個人差はあるが、喜怒哀楽も表現してくれるようになる。
10回目を過ぎたあたりからトレーニングの仕方に慣れてきて、私が手取り足取り指導しなくても自分で調整して出来るようになる。その頃にはだいぶ会話も弾み、自分が分からない事や聞きたいことがあれば質問をしてくれる。
30回目を過ぎるころには、インターバルの時間を伝えなくても勝手に始める。そろそろいけると思ったら自分で始めてしまう。
その頃には、トップダウンの関係はなく年齢も立場も違うけれど一緒のステージに立っている感がでる。
私が偉くて子供に指示するのではなく、その日の課題(トレーニング)とセット数と回数を指定するだけで、自分のルーティンでトレーニングを行えるようになる。
その時私がするのは、日頃の話を聞きながら彼ら彼女らの今の精神状態を把握するだけ。必要ならトレーニングをちょっと調整してあげる。
バーシティで筋トレするのはつらい、でも次ここに来たくないという感情を持たせないようにするのが私の仕事。
部活での筋トレであれば、好きだろうが嫌いだろうがほぼ強制でやることになるが、バーシティに来ている子供たちは、強制ではない。自分がしたいから来ている。でも、いつもいつも100%元気なわけではない。だからそこを見てあげるのが肝心なところで、ただきついトレーニングを与える事ではないと思っている。
すでに、3年目を過ぎている子供たちは、もうバーシティから巣立ってもいいぐらい自立している。その気になれば紙一枚渡せば、しっかりやれる。フォームも悪くないし、一つ一つ手を抜かず真剣に行える。そう、彼ら彼女らは人が見てないからといって手は抜かない。誰のためのトレーニングなのかを重々認識している。
しかし、彼ら彼女らは私が必要なのだ。なぜなら辛いトレーニングの合間の会話相手がいないから。
私と会えば元気がもらえる、元気百倍アンパンマン!
まず最初は会話がほとんど成り立たない。投げてもかえってこない。がんばって「はい!」だけ。
それは生まれながらの性格からなのか、それとも今まで生きてきた中で最善の方法としているのか。
確か、学校では無駄口を話すななんて言われた記憶があるので、そのせいでもあるのかな。
とにかくこっちはトレーニングを教えるより、一生懸命質問などをして会話を促す。
まずその子の性格を把握しなければ、どの様に接するとやる気を上がるかわからない。
2回目3回目と日を追うごとに、少しづつ会話ができるようになる。もちろん個人差はあるが、喜怒哀楽も表現してくれるようになる。
10回目を過ぎたあたりからトレーニングの仕方に慣れてきて、私が手取り足取り指導しなくても自分で調整して出来るようになる。その頃にはだいぶ会話も弾み、自分が分からない事や聞きたいことがあれば質問をしてくれる。
30回目を過ぎるころには、インターバルの時間を伝えなくても勝手に始める。そろそろいけると思ったら自分で始めてしまう。
その頃には、トップダウンの関係はなく年齢も立場も違うけれど一緒のステージに立っている感がでる。
私が偉くて子供に指示するのではなく、その日の課題(トレーニング)とセット数と回数を指定するだけで、自分のルーティンでトレーニングを行えるようになる。
その時私がするのは、日頃の話を聞きながら彼ら彼女らの今の精神状態を把握するだけ。必要ならトレーニングをちょっと調整してあげる。
バーシティで筋トレするのはつらい、でも次ここに来たくないという感情を持たせないようにするのが私の仕事。
部活での筋トレであれば、好きだろうが嫌いだろうがほぼ強制でやることになるが、バーシティに来ている子供たちは、強制ではない。自分がしたいから来ている。でも、いつもいつも100%元気なわけではない。だからそこを見てあげるのが肝心なところで、ただきついトレーニングを与える事ではないと思っている。
すでに、3年目を過ぎている子供たちは、もうバーシティから巣立ってもいいぐらい自立している。その気になれば紙一枚渡せば、しっかりやれる。フォームも悪くないし、一つ一つ手を抜かず真剣に行える。そう、彼ら彼女らは人が見てないからといって手は抜かない。誰のためのトレーニングなのかを重々認識している。
しかし、彼ら彼女らは私が必要なのだ。なぜなら辛いトレーニングの合間の会話相手がいないから。
私と会えば元気がもらえる、元気百倍アンパンマン!